新しい酒は新しい革袋に盛れ

日本ケミカルバイオロジー学会会長 長田裕之
理研・環境資源科学研究センター・副センター長

2018年6月に開催された世話人会で、萩原正敏・前会長の後を受けて会長を拝命いたしました。どうぞよろしくお願いします。
 1990年代後半から、米国を中心にしてケミカルバイオロジー研究が興隆してきました。2005年にNature Chem Biolが、翌年の2006年にはACS Chem Biolが発刊された時には、この分野の急速な隆盛を感じたものです。我が国では、2005年に世界に先駆けてケミカルバイオロジー研究会(長野哲雄会長、萩原正敏事務局長)が発足し、2006年に第一回年会が開催されました。2008年に研究会から学会に組織変更され、現在では会員数が800名を超える学会に育っています。その後、国際ケミカルバイオロジー学会が発足し、2012年以降、毎年世界各地を巡りながら開催されています。

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一本のボトル


長田裕之 Hiroyuki Osada
理化学研究所・環境資源科学研究センター




20世紀を代表するマルセル・プルーストの「失われた時を求めて」は、主人公が、紅茶に浸したマドレーヌを口にした途端、幼少時代の記憶が蘇ったことで始まる数千頁にも及ぶ長編小説である。私も、昨晩、赤ワインのコルクを抜いた途端に様々な記憶が蘇ったが、この巻頭言では1頁にまとめなくてはならない。
 私が中学生の時に読んだ「世界の酒」(岩波新書)には、農芸化学者の坂口謹一郎(元・東大教授)が世界中の銘醸地を巡って、美酒と当地の名物料理に舌鼓を打つ、そんな夢のようなことが書かれていた。世界の美酒という安直な理由で醗酵学に憧れて、私は農芸化学(微生物化学)の道に進んだが、その夢が叶ったのは、ずっと後のこと。2003年の春、フランスのストラスブール大学(ルイ・パスツール大学)に客員教授として1カ月間の招聘を受けた。講義やセミナーのノルマは少なかったので、日本の生活とは違って、ゆったりした時間を送ることができた。週末にワイナリーやレストランで様々なワインを飲めたのは嬉しかったが、フランス人は平日でも優雅にワインを飲みながら、食事しているのだった。フランスでは、2000年に定められた法律で労働時間が週35時間になったのだった。彼らが、労働時間が短いにもかかわらず、質の高い論文を出せるのには、ワインを飲みながらの知的会話が関係しているのか?などと想像していた。

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化学と生物学の融合を目指して: ケミカルバイオロジー


化学と生物学の融合を目指して: ケミカルバイオロジー
Aiming for the fusion of chemistry and biology: Chemical Biology

理化学研究所・主任研究員 長田裕之


ケミカルバイオロジーの背景
 生化学(Biochemistry)の夜明けは、1832年に最初の酵素ジアスターゼが発見されたことを契機として、19世紀に隆盛となった醗酵の謎解きにまで遡ることができる。生化学の進歩に伴い、生体を構成する蛋白質、核酸、糖や脂質などの機能を分子レベルで理解することができるようになった。一方、化学生物学(Chemical Biology)という言葉は、1990年代にHarvard大学のS. Schreiberらが使い始めて、世界中に広まった。初期ケミカルバイオロジー研究の典型として、免疫抑制剤FK-506の作用機構研究があげられるが、低分子有機化合物FK-506の結合蛋白質同定を出発点として、免疫担当細胞内のシグナル伝達機構を解明した。端的にいえば、生化学が生物現象を出発点として生体分子に辿り着くのに対して、ケミカルバイオロジーでは、その逆の道筋(化合物を出発点として生命現象に到達)をたどることになる。

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巻頭言 (2017年TRワークショップ:日本がん分子標的治療学会 News Letter)

理事長 長田裕之
理研・環境資源科学研究センター・副センター長

2016年4月、私は、ドイツベルリン郊外にあるハルナックハウス(マックスプランク協会の会議施設)に数日間滞在する機会がありました。この地はマックスプランク協会の前身であるカイザーウイルヘルム協会の発祥の地で、ハルナックハウス周辺には、Fritz Haber(1918 ノーベル化学賞)、Adolf F. J. Butenandt(1939ノーベル化学賞)、Otto H. Warburg(1931ノーベル生理学医学賞)などの錚々たる名前を冠した建物が残っています。60年も前にWarburg が研究を行っていた建物を、この目で見た時には、Warburg効果の謎を解きたいものだとファイトが湧いてきました。

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理事長就任の挨拶 (日本がん分子標的治療学会)

理事長 長田裕之
理研・環境資源科学研究センター・副センター長

2015年6月に開催された理事会で、宮園浩平・前理事長の後を受けて新理事長を拝命いたしました。どうぞよろしくお願いします。
 日本がん分子標的治療学会は、がん分子標的治療研究会を前身として、2008年から学会となりましたが、それ以来、鶴尾隆先生、曽根三郎先生、宮園浩平先生が理事長として、本学会の発展にご尽力されてきました。
 私は、歴代理事長が目指してきた基礎と臨床の融合、産学共同の路線を継承するとともに、さらに分子標的治療研究を加速するため、本学会を研究者の情報交換の場、切磋琢磨できる場にしたいと思います。有望な分子標的の探索、新薬の開発、治療法の確立には、しっかりとした基礎研究を行い、研究結果を整理・精査して、臨床応用上の問題点を検討することが必須です。それには産官学で直接研究開発に携わっている研究者の緊密な連携が不可欠です。特に、今年6月に松山で開催された第19回日本がん分子標的治療学会学術集会 (JAMTTC2015)では、本学会が果たす役割の重要性を再認識しました。例えば、我が国の本庶先生、間野先生らの基礎研究が出発点となって、国内外の製薬企業によって抗PD-1抗体やALK阻害剤などの分子標的薬が開発されました。今後も、我が国の分子標的治療研究を担う学会であるとともに、社会からの期待に応える学会になるよう、次の3項目を重点項目として学会運営をしていきたいと思います。

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「守・破・離」で一人前の放線菌研究者に

日本放線菌学会
会長 長田裕之

日本放線菌学会の第12期理事会が、2012年4月に開催され、理事の互選により長田が会長に選出されました。新理事の方たちと一丸となって、「科学の楽しさを共有できる学会」を目指すとともに、「財政的基盤を強化すること」を目標として活動する所存です。会員の皆様にも、よろしくご協力のほどお願いいたします。
 ところで、私は学生時代に剣道をやっていたので、私の「ものの見方・考え方」に少なからず剣道の影響が出ています。その一つが、「守・破・離」です。毎年、新人(学生や若手研究者)が研究室に入ってきますので、新人に対して、剣道の教えを研究に置き換えてこの話をします。「守」とは、研究室に入ってきたばかりの最初の段階です。先ずは、師(指導者あるいは先輩)の教えを守ってもらいます。師の実験を良く見て、話をよく聞いて、師の考え方、技術、知識を吸収してもらいます。師の価値観までをも自分のものにできれば、第一段階は合格です。卒論から修士課程が修了する頃には、このレベルに達するでしょうが、ここで止まってはいけません。

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自然界の微生物のチカラを生かした薬づくりの今

財団法人 テルモ生命科学芸術財団のサイトに、長田裕之 CSRS副センター長を取材した記事が掲載されています。

中高生を対象にした記事ですので、一般の方や専門外の方にも理解しやすい内容となっていると思います。

第29回 自然界の微生物のチカラを生かした薬づくりの今 exterma; link

~理化学研究所 環境資源科学研究センター 長田裕之先生を訪ねて
いま注目の最先端研究・技術探検!
中高生と“いのちの不思議”を考える─
生命科学DOKIDOKI研究室
財団法人 テルモ生命科学芸術財団

研究スタイルの違い

2003年春に、私は、フランス・ストラスブール大学(ルイ・パスツール大学)の客員教授として招待され、世界遺産の街に短期滞在したことがある。フランス北東部のライン川左岸に位置するストラスブールは、大聖堂と水路に象徴される美しい歴史都市であると同時に、欧州(EU)議会の本会議場を有するEUの中心都市としても有名である。

大学の名前にも冠されているルイ・パスツール(1822-1895)は、酒石酸結晶の光学分割で学位を得た後、ストラスブール大学(ルイ・パスツール大学)に教授として職を得た。ルイ・パスツールは、化学者として研究の道に入ったが、その後は、ワインやビールを腐敗から守る低温殺菌法(パスツリゼーション)の開発や、狂犬病ワクチンの開発で歴史に燦然と輝く科学者である。

私は、ストラスブールに滞在している時、100年以上前にパスツールはここでどんな研究生活を送っていたのだろうかと思いを馳せることがあった。

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門前の小僧

個人的な昔話で恐縮ですが、私と放線菌との馴れ初めについて書かせていただきます。論文にも学会発表にもならなかった研究ですが、孤軍奮闘していた頃が懐かしいので。

今から30年以上前、私は東大農芸化学科の別府研で、大学院生として「コリシンE2の作用機作」の研究をしていました。当時の別府研では、凝乳酵素キモシンのクローニングと並んで、放線菌A-factorの再発見が契機となって放線菌研究が中心課題の一つになっていました。研究室セミナー(研究報告会・論文紹介)でも、放線菌関連の研究を頻繁に聞いていましたが、私自身は、別府研在籍中(1977-1983)は放線菌とは無縁でした。

私が放線菌を研究対象とするようになったのは、

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サムライ化学者・高峰譲吉に学べ

先日、米国サンフランシスコで開催された工業微生物学会(Society for Industrial Microbiology)に参加しました。この学会の主題は、“微生物のバイオテクノロジー”であり、発酵産業に関連する微生物、微生物が生産する応用酵素、生理活性物質の研究などが含まれます。私は、微生物二次代謝産物の生合成研究に関するシンポジウムで話すことになっていました。いつもの通り、海外へ向かう機内では、PCでスライドを眺めながら発表内容の最終チェックです。参加する学会の趣旨に合わせたイントロがうまくできれば、後の流れはスムースになります。今回の学会の主題であるバイオテクノロジーと発表予定のケミカルバイオロジーの接点をどう説明しようか?と思案しました。

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酒とカルベン、どちらが結合に効果的?

長田裕之
主任研究員
長田裕之(D.Agr.)
1978年東京大学農学部農
芸化学科卒業1983年同大
学院農学系研究科博士課
程修了。同年理化学研究
所研究員。 1992年主任研究
員(抗生物質研究室)。
2008年より現職。現在、
埼玉大学、東京医科歯科
大学などの客員教授を兼
任。2009年日本農芸化学
会賞受賞

=ケミカルバイオロジーの技術革新:化合物アレイ=

私の趣味は「飲酒談笑」である。酒を飲みながら楽しく語り合えば、たいていの人と仲良くなれる。国内ではもとよりろくに言葉も通じない外国でも、「バールでグラッパ」を、あるいは「パブでエール」を飲んでいると、グラスの数が増すごとに隣で飲んでいるオジサンとも仲良しになれる。(見知らぬ女性に声を掛けるのは、避けたほうが無難であるが・・・)酒には、人の心をつなぐ効果があるらしい。

おっと、酒の話だけでは、本誌の編集者からお叱りを受けそうだ。「私の自慢」なら酒の話にしようと思って執筆を引き受けたのだが、研究の自慢を書かなくてはならないと知り困ってしまった。ちょっとコジツケに近いが、私の趣味である「飲酒談笑」が、私の自慢にどう繋がっているかを語ることにしよう。

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武士はバンドワゴンに乗らない

人生において二者択一を迫られた時に、私は、いつも葉隠の一節を思い出す。「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり。二つ二つの場にて、早く死ぬはうに片付くばかりなり」である。葉隠では、重大なことは常々よく考えておき、選択を迫られたときには毅然たる態度で決断しなければならないと教えている。しかも、人生における二者択一は、どちらが正解か分からないことが多いので、損得で考えても無駄である。であるから、一見、損な方(生死の二者択一なら死の方)を選んでおけば後悔することもないであろうとも解釈できる。

研究者は、卒論として所属する研究室選びに始まって、独立してからの研究テーマの設定など、様々な局面で「選択」(実際には、二者択一ではなく複数選択肢から一つを選ぶ場合が多いが)しなければならない。私も、運命のいたずらと様々な選択を経て、無限の可能性の中から「唯一の現在」に至っている。

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化学物質で生命を探る ~ケミカルバイオロジーへの誘い~

2008年のノーベル賞は、物理学賞、化学賞と立て続けに日本人の名前が挙がって、日本中が興奮しましたね。テレビでノーベル物理学賞発表のニュース解説を見ていたら、アナウンサーが、「その研究って、何の役に立つのですか?」と解説者に聞いていました。解説者は、「物理学の基礎研究は、文学と似ているところがあるのです。すぐに役に立つかどうかは分かりませんが、宇宙の成り立ちを理解することにつながり、人の心を豊かにしてくれるのです」と言っていました。この話は、物理学だけでなく科学全般に言えることだと思います。すぐに役立つ科学技術もありますし、当面は何の役に立つのか説明しにくいけれど、知的好奇心を刺激してくれるだけで十分に面白い科学もあります。

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天然に学ぶケミカルバイオロジー連載開始にあたって

今から三十数年前、大学2年生だった私は、大学生協の書籍売り場で「化学と生物」*を初めて目にした。当時、物理系の科学雑誌は多数出版されていたが、化学と生物学領域をカバーする雑誌は現代化学など少数しかなかったので、私にはとても印象的であった。

農芸化学会員になれば廉価で購読できるとのことだったので、私はすぐに農芸化学会に入会し、それ以来ずっと化学と生物誌を購読している。「石の上にも三年」とか、「門前の小僧、習わぬ経を読む」ということが言われるが、三十年以上も本誌に目を通していると(熟読していると書きたいのだが、現実は?)、化学と生物の広範な領域のことが学べたと思う。

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座右の銘にして20年「生かされている」

私は、第一回(1989年)の加藤記念研究助成金を頂きましたが、それからもう二十年も経ったのかと思うと感慨ひとしおです。当時、論文を書く時には測定器に付属したパソコン(PC98)を使っていたのですが、助成金で、書類作成用のパソコンを買うことができて嬉しかったことを思い出します。しかし、以下では別のことを書きたいと思います。

1983年に、私は理研の抗生物質研究室(磯野主任研究員)に入れて頂き、1985-6年に米国留学の機会を与えられました。一年余りの滞在でしたが、表皮細胞増殖因子(KGF/FGF7)を発見できたので、この経験を基に、帰国後はその阻害剤の研究をしようと決心しました。助成金を頂いた頃は、がん関連増殖因子に対する阻害剤を微生物から探索しようと意気揚々としていましたし、米国で強烈な個性を持つ研究者たちと接した直後でもあったので、競争心が強かったと思います。自分の力を過信して、シャカリキに研究していました。

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