サムライ化学者・高峰譲吉に学べ

先日、米国サンフランシスコで開催された工業微生物学会(Society for Industrial Microbiology)に参加しました。この学会の主題は、“微生物のバイオテクノロジー”であり、発酵産業に関連する微生物、微生物が生産する応用酵素、生理活性物質の研究などが含まれます。私は、微生物二次代謝産物の生合成研究に関するシンポジウムで話すことになっていました。いつもの通り、海外へ向かう機内では、PCでスライドを眺めながら発表内容の最終チェックです。参加する学会の趣旨に合わせたイントロがうまくできれば、後の流れはスムースになります。今回の学会の主題であるバイオテクノロジーと発表予定のケミカルバイオロジーの接点をどう説明しようか?と思案しました。

長時間のフライトは苦痛ですが、それを紛らわしてくれる映画は楽しみです。今回は「サムライ化学者 高峰譲吉の生涯」という映画を見ました。小学生の頃の私は、伝記が大好きで、世界偉人伝全集、日本偉人伝全集を片端から読みました。北里柴三郎や野口英世のような医学者の業績は、理解しやすいものでしたが、醸造学者・化学者である高峰譲吉(1854-1922)の業績が、子供だった私に理解できたかどうかは疑問です。しかし、高峰の父親が「医者になって人類を病苦から救ったらどうか」と薦めるのですが、それに対して高峰は「医学が救うのは一人ひとりの患者ですが、化学は万人を救います」と言って化学者になったというエピソードは心に強く焼き付けられました。この伝記を読んで以来、私は高峰ファンになりましたし、化学者(醸造学者)に対して漠然とした憧れを持つようになりました。

映画では、キャロラインとの国際結婚など高峰の人生が描かれていますが、私にとっては、高峰の研究スタイルが印象的でした。「麹を用いるウイスキー醸造法」の開発や、消化酵素「タカヂアスターゼ」の開発、販売、そして副腎髄質ホルモン「アドレナリン」の結晶化などを通して、研究に対する高峰の熱い情熱を感じました。日本資本主義の父ともいわれる渋沢栄一は、高峰のパトロンとして財界人に高峰の資金援助を依頼しますが、渋沢の言葉には高峰への信頼感が表されています。「高峰は、寝食を忘れて研究に没頭している。それだけ熱中できる研究はきっと重要なものに違いない」「高峰という男に掛けることは、日本の将来に掛けることだ」。

今回、映画を見て改めて高峰の研究に対する情熱に感動しました。高峰は大学卒業後に一旦官吏となりましたが、研究を行うため国家公務員の職を辞し、一民間人として研究を展開しました。研究資金の確保など大変な苦労をしながらも、好奇心を単に満たすだけで終わらず、科学者として高い志を持って応用研究を行い、実用化まで遂行したことは驚嘆すべきことです。

私は、発酵学者・化学者の端くれになったつもりですが、わが身を振り返れば、高峰とは雲泥の差があります。「寝食を忘れるほど、研究に没頭しているか?研究に対する熱い情熱をもっているか?国に頼らずに、自分で資金調達しているか?研究成果で、産業界に貢献しているか?」と自問せずにはいられません。

(Chemical Biology誌 2010年11月 巻頭言)