コロナ自粛(1) コロリとコロナ

日本ケミカルバイオロジー学会・会長
日本感染症医薬品協会・常務理事
長田裕之

先日、テレビドラマ「JIN-仁」が、レジェンド版として再放映された。村上もとか原作による漫画を実写化した SF 医療ドラマで、現代の医師・南方仁が幕末期にタイムスリップして、様々な活躍を見せるのだ。初回(4 月 18 日放映)は、当時、虎狼痢(コロリ)と呼ばれ恐れられていた伝染病コレラ(病原菌 Vibrio cholerae は 1854 年にイタリアのフィリッポ・パチーニが発見)に、南方仁が西洋医学所頭取の緒方洪庵(1810-1863 年)と共に、コロリ制圧に取り組む話だった。ちょうど、新型コロナウイルス感染拡大を防ぐために安倍首相が緊急事態宣言を発した直後だったので、コロリとコロナの名前が似ていること、特効薬がない状況では予防と隔離が重要であることなど、現在の状況と似ていて、とても印象深かった。

新型コロナウイルスは、2019 年暮れに中国武漢で、最初の感染者が確認され、中国政府は、2020 年 1 月 23 日に武漢市の都市封鎖を宣言した。このニュースは、我が国でも報道されてはいたが、2002 年の SARS(重症急性呼吸器症候群)の時と同様に対岸の火事のような印象を持っていた人が多かったのではないだろうか?国民が、大きな危機感を抱くようになったのは、豪華クルーズ船ダイアモンド・プリンセス号の来港以来だと思う。2 月 3 日夜に横浜港の大黒埠頭沖に停泊したダイアモンド・プリンセス号の乗客に SARS 様症状を示す患者が見つかり、その後、新型コロナウイルスの集団感染が発生していることが判明した。結果的に、乗客・乗務員合わせて約 3700 人余りのうち約 700 名(下船後の判定も含めて)が感染した。この時に、乗客・乗務員は、2 週間の隔離期間を経て、順次下船しましたが、各国の検疫体制に大きな差があることを知った。

海外旅行に行くと、空港で「quarantine」(検疫)という標識を掲げたブースを見かけるが、普段は全く意識することなしに素通りしていた。しかし、今回のダイアモンド・プリンセス号の報道に接すると、検疫の重要性を再認識せざるを得ない。検疫の歴史は、14 世紀に遡ることになる。ヨーロッパで感染症ペスト(黒死病)が大流行して、一説では、ヨーロッパ人口の 25-30%に当たる2500 万人の死亡者が出たと言われている。その時に、イタリアでは、疫病が東洋から来た船より広がる ことに気づいて、船内に感染者がいないことを確認するため、40 日間(ペスト感染症の潜伏期間は通常3-7 日だが)、疑わしい船を港外に強制的に停泊させた。英語の「Quarantine」は、この 40日間、すなわち 40 を意味するイタリア語「Quarantina」に由来するそうだ。

我が国では、江戸時代末期に何度かコレラの大流行があったが、鎖国が解かれた明治12 年に検疫に関する法律「海港虎列刺(コレラ)伝染病予防規則」が発せられ、主要港湾に消毒所(後に検疫所)が設置された。明治時代の検疫で特筆すべきことは、日清戦争に 勝利して凱旋した兵士の検疫が挙げられる。陸軍検疫部事務官長の後藤新平(後年、関東大震災の復興計画を立案・実行したことで知られる医師で政治家)は、広島・似島、大阪・桜島、山口・彦島の離島に検疫所を設置し、わずか 3 カ月間で 23 万余の兵士の検疫を行い、コレラ、腸チフス、赤痢などに感染した 1000 人もの兵士を見出すことに成功した。この検疫が行われなかったら、戦争に勝っても、疫病で国民は大打撃を被るところであったかもしれない。

今回の COVID-19 の感染者数と死亡者数が、米国ジョンスホプキンス大学や札幌医科大学の WEB サイトで時々刻々公開されている。我が国では、2020 年 5 月 20 日時点で、感染者 1 万 6 千人、死亡者 771 名となり、新たな感染者の出現は減少しているが、世界全体では、5 月 20 日の時点で、感染者累計が 500 万人を超え、死亡者が 32 万人余りとなっている。しかもこの日一日だけで報告された感染者数は 10 万人超となっており、欧米で感染拡大が鈍化しても、中南米ではまだ感染拡大が続いている。

医療関係者はもちろんのこと、世界中の研究者が、新型コロナウイルス撲滅を目指して日夜戦っているので、最終的に人類はウイルスに勝利(共存?)できると思うが、当分は楽観できない。ワクチンや特効薬が世界中に行き渡るまでに時間がかかるので、それまでの間の有効な対策は、密集を避けて予防することと、感染者を隔離することで、100 年前に行われていたことと変わらない。