◆一部の高度好熱性細菌や古細菌はアミノ基キャリアタンパク質(AmCP)を用いる機構によりリジン・アルギニンの生合成を効率的に行います。今回、放線菌において類似のAmCPを介した機構により、非タンパク性の新規アミノ酸DADHが生合成されることを明らかにしました。
◆DADHを中間体として新規化合物Vazabitide A, Bが生合成されることを発見しました。
◆AmCP遺伝子に似た遺伝子は多くの放線菌のゲノム上に存在しており、今後新規性の高い多様な天然化合物が発見されることが期待されます。
東京大学生物生産工学研究センターの西山真教授らは、一部の高度好熱性細菌や古細菌はアミノ基キャリアタンパク質AmCP(注1)を介してリジンおよびアルギニン生合成を行うことを見出してきました(Nat. Chem. Biol. (2009): 2009/7/21プレスリリース参照、Nat. Chem. Biol. (2013): 2013/3/04プレスリリース参照)。一方、ゲノム解読が行われている多くの生物種に対してAmCPをコードする遺伝子の有無を探索した結果、多様な生物活性物質の宝庫として有名な放線菌(注2)のゲノム上にamcp遺伝子が存在していることがわかってきました。今回、西山真教授、理化学研究所環境資源科学研究センターケミカルバイオロジー研究グループ長田裕之グループディレクター、東京大学大学院農学生命科学研究科石神健准教授、順天堂大学藤村努客員准教授らの共同研究グループは、放線菌の有するAmCPの機能解析を行い、同放線菌ではAmCPを介して非タンパク性の新しいアミノ酸DADHが生合成されることを明らかにしました。またゲノム上でamcp遺伝子の近傍にコードされた酵素群により、DADHが特徴的なアザビシクロ環構造を有する新規天然化合物Vazabitide Aへと変換されることも明らかにしました。これによりAmCPが一次代謝のみならず二次代謝(注3)にも関与することが明らかとなりました。amcp様遺伝子は放線菌ゲノム上に広く分布することがわかりつつあり、今後AmCPを介して生合成される新規天然化合物が次々に発見されることが期待されます。
一般にバクテリアはジアミノピメリン酸(DAP)を中間体とするDAP経路によってリジンを生合成しますが、西山教授らのグループは高度好熱菌であるThermus thermophilusがカビや酵母と類似したα−アミノアジピン酸(AAA)を中間体とする経路でリジンを生合成することを明らかにしました。その後の詳細な解析により、経路の後半部はカビや酵母と異なり、アミノ基キャリアタンパク質AmCPを用いてアミノ基を保護することによって効率的に生合成が行われることが明らかになっています(Nat. Chem. Biol. (2009): 2009/7/21プレスリリース参照)。さらに、生命の起源に近縁とされる古細菌の一種であるSulfolobus属においてはリジンだけでなくアルギニンの生合成もこのAmCPを用いて行われていることがわかり(Nat. Chem. Biol. (2013): 2013/3/04プレスリリース参照)、多くの生物がAmCPを利用した一次代謝を有していることが明らかになりつつあります。
今回、西山教授らの共同研究グループは、ゲノム解読が行われている多くの生物種に対してAmCPをコードする遺伝子の有無を探索した結果、生物活性物質の宝庫である放線菌のゲノム上にそれらが存在することを見出しました。そこで、そのうちの一つであるStreptomyces sp. SANK 60404のamcpホモログ遺伝子に着目し、解析を行いました。同菌からamcp遺伝子を含む領域をクローン化し、シークエンス解析を行った結果、amcp遺伝子の近傍にリジン生合成においてアミノ基キャリアタンパク質に基質を乗せる酵素であるLysXをはじめとしてリジン生合成に関連する酵素と類似したタンパク質をコードする遺伝子や、キャリアタンパク質からリジンを放出させる酵素をコードする遺伝子のホモログが存在していることがわかりました。さらに興味深いことに、この遺伝子クラスターの周辺には二次代謝に関わると推測される多数の遺伝子が存在することから、これらの遺伝子によってリジンではなく未知の天然化合物が生合成されていることを予想しました。様々な解析の結果、Vzb23によりグルタミン酸がAmCPにロードされ、その後Vzb25, Vzb24, Vzb27, Vzb28, Vzb9によりグルタミン酸が未知化合物へと変換されること、そして未知化合物がVzb26によってAmCPから切り離されることがわかりました。組換え大腸菌を用いて、未知化合物を大量生産し、その化学構造を決定した結果、これが新規アミノ酸(2S, 6R)-diamino-(5R, 7)-dihydroxy-heptanoic acid (DADH)であることが明らかになりました(図1)。また、DADHはシロイヌナズナの胚軸伸長阻害活性を有することも示しました(図2)。
amcp遺伝子の近傍には非リボソーム合成酵素(NRPS)遺伝子や他の修飾酵素がコードされていたことから、AmCPを介して生合成されたDADHまたはその誘導体が近傍のNRPSの基質となり、未知の二次代謝産物の生合成中間体となっている可能性が考えられました。野生株とvzb26遺伝子破壊株の代謝物比較により、vzb26遺伝子の破壊によって二つの未知化合物A, Bの生産が失われることがわかりました。これら化合物の構造解析を行ったところ、いずれも新規なジペプチドであり、アザビシクロ環、もしくはその加水分解で生じたと思われるピぺリジン環構造を有することが分かり、それぞれVazabitide A及びBと名づけられました。
本研究により、AmCPを介した生合成機構が一次代謝のみならず二次代謝にも用いられていることが初めて明らかにされ、今後AmCP遺伝子を指標とした探索により、新規性の高い天然化合物群が発見されることが期待されます。
参照プレスリリース記事
Nat. Chem. Biol. (2009): 2009/7/21
「好熱菌のリジン生合成におけるタンパク質によるアミノ基修飾の発見」
http://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/nishiyama090721.html
Nat. Chem. Biol. (2013): 2013/3/04
「Sulfolobus属古細菌においてリジンとアルギニンは共通のキャリアタンパク質を用いて生合成される」
http://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2013/20130304-1.html
東京大学生物生産工学研究センター 細胞機能工学部門
教授 西山 真
Tel:03-5841-3074
Fax:03-5841-8030
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/biotec-res-ctr/saiboukinou/