コロナ自粛(2) 一筆啓上

日本ケミカルバイオロジー学会・会長
日本感染症医薬品協会・常務理事
長田裕之

作家で数学者の藤原正彦氏が、コロナと言えば、ウイルスではなく、子供のころに見た太陽の周囲で輝く散乱光のことが真っ先に思い浮かぶと書いている。私にとっては、コロナと言えば、コロナビールかもしれない。通常であれば、週に一二度は外で飲み会があり、ビールでの乾杯(この場合はコロナではなく国産ビールだが)が、お決まりの儀式だ。しかし、今は、コロナ自粛で家籠り、家飲みの日々。友人たちとの交流もなくなっている。先日、かなり高齢になった恩師・I 先生の健康状態が心配だったので、手紙を書いた。今の若い人は、畏まった手紙を書くことが少ないので、「つつがなくお過ごしのこと」などと言う表現に触れる機会は少 ないかもしれない。福島県で育った私は、中学生の頃だったか、お隣の新潟県や山形県にはツツガムシ病という風土病があって、この病気に罹っていなくて良かった、と言うことが挨拶になったと聞いた覚えがある。恩師への手紙にダジャレで、「コロナなくお過ごしのこと」と書き出そうかと思ったが、調べてみたら、つつが(恙)とは病気、災難のことで、「恙無し」の表現は、ツツガムシ病とは関係なく昔から使われていたようだ。

因みに、ツツガムシ病は、リケッチアという細菌とウイルスの中間程の大きさの微生物が起因菌で、その菌を宿しているダニの一種(ツツガムシ)がヒトを指すことで媒介される病気である。また、ツツガ虫は、原因不 明の病気を媒介する妖怪がいるとの言い伝えに由来する想像上の虫だったが、後にツツガムシ病を媒介す るダニがツツガムシと命名されたようだ。その病原菌であるリケッチアに Orientia tsutsugamushi という学名が与えられた。

「コロナなく」で書き出すことはやめて、コロナビールを飲みながら、「恙なくお過ごし でしょうか」と手紙を書いた。