研究スタイルの違い

2003年春に、私は、フランス・ストラスブール大学(ルイ・パスツール大学)の客員教授として招待され、世界遺産の街に短期滞在したことがある。フランス北東部のライン川左岸に位置するストラスブールは、大聖堂と水路に象徴される美しい歴史都市であると同時に、欧州(EU)議会の本会議場を有するEUの中心都市としても有名である。

大学の名前にも冠されているルイ・パスツール(1822-1895)は、酒石酸結晶の光学分割で学位を得た後、ストラスブール大学(ルイ・パスツール大学)に教授として職を得た。ルイ・パスツールは、化学者として研究の道に入ったが、その後は、ワインやビールを腐敗から守る低温殺菌法(パスツリゼーション)の開発や、狂犬病ワクチンの開発で歴史に燦然と輝く科学者である。

私は、ストラスブールに滞在している時、100年以上前にパスツールはここでどんな研究生活を送っていたのだろうかと思いを馳せることがあった。 2002年にフランスで制定された「週35時間労働制」は、国立大学の職員にも適用され、夕方早くに事務室はしまってしまう。研究者には「週35時間労働制」は適用されないが、私が滞在していた研究所では、研究者でも夜間に残って仕事をしている人は少なかった。教授たちの中には、フランス人ポスドクは働かないので駄目だと言う人もいたが、私は逆に、その短い時間でも独創的な研究を維持できていることが不思議でならなかった。平均値で比較するのは当たらないかもしれないが、日本人研究者の方が長時間働いているが、フランス人研究者と比較すると、研究成果のインパクトはあまり高くないのである。たとえば、2009年における論文の相対被引用度(各国の論文数当たりの被引用回数を世界全体の論文数当たりの被引用回数で除して基準化した値で1が世界水準)を国別で比較すると、日本は世界水準(1)をぎりぎりで超えるレベルであるが、労働時間が少ないフランスは、日本より高い数値を示している。(主な国の相対被引用度は次の通りである。米国(1.51)、英国(1.42)、ドイツ(1.37)、カナダ(1.29)、フランス(1.25)、イタリア(1.21)、日本(1.02)、韓国(0.77)、中国(0.68))

目に見える研究時間だけでは測ることができないことは無論承知していたが、ヨーロッパの研究者と生活していると、頭脳労働者は、単に研究室に居続けていれば良いというものではないことを、肌で感じることができた。もちろん、パスツールの「幸運の女神は、常に準備している人にのみ微笑む(Chance favours the prepared mind.)」という名言があるように、常に探究心を持ち続けているからこそ、成功しているのだと思うが。

創薬支援プログラムに関わる研究者も、是非、生活をエンジョイしつつすぐれた研究成果を挙げていただくことを期待したい。そして、最後に、パスツールの名言をもう一つ。「科学には国境はないが、科学者には祖国がある」祖国日本のために理研発の創薬シードを出したいと思っている。

(創薬・医療技術基盤プログラム 季報 No.5 2011-07-28 巻頭言)