門前の小僧

個人的な昔話で恐縮ですが、私と放線菌との馴れ初めについて書かせていただきます。論文にも学会発表にもならなかった研究ですが、孤軍奮闘していた頃が懐かしいので。

今から30年以上前、私は東大農芸化学科の別府研で、大学院生として「コリシンE2の作用機作」の研究をしていました。当時の別府研では、凝乳酵素キモシンのクローニングと並んで、放線菌A-factorの再発見が契機となって放線菌研究が中心課題の一つになっていました。研究室セミナー(研究報告会・論文紹介)でも、放線菌関連の研究を頻繁に聞いていましたが、私自身は、別府研在籍中(1977-1983)は放線菌とは無縁でした。

私が放線菌を研究対象とするようになったのは、 学位取得後、理研に就職(1983)してからです。当時の主任研究員・磯野清先生から、最初に二つのテーマが与えられました。一つは、微生物から新しい生理活性物質を見出すためのスクリーニング系を構築すること、そしてもう一つが、放線菌(Actinomadura azurea1)が生産する抗生物質(cationomycin)2) の生産性を向上させることでした。Cationomycinは、鳥のコクシジウム病に有効なポリエーテルとして開発が期待されていましたが、菌の生育が極めて遅いうえに生産量も微量であったので、動物実験に供するためのサンプル調製が難航していました。磯野先生は、A-factorの研究で有名な別府研出身者なら、当時興隆してきた遺伝学的手法でcationomycinの大量生産が可能になるのではないかと期待したようです。私は、別府研在籍中に、セミナーなどで放線菌の遺伝子操作に関する話を聞いて、耳年増になっていましたが、自分で実験したことがないズブの素人です。そこで、別府研の先輩であった堀之内さん(当時は別府研助手)に相談しましたが、「長田よ、Streptomyces属は宿主ベクター系が確立しているので、君でも遺伝子操作が可能かもしれないけど、それでも望む抗生物質の生産性を上げることは簡単じゃないぞ。Actinomadura属なんて、聞いたこともない菌では、まだ宿主ベクター系もないので、僕がやったって遺伝子操作で抗生物質の生産性を上げるには数年かかるだろう」とのことでした。先行きに不安を感じましたが、とりあえず堀之内さんたちが使っているベクターを分けていただき、Actinomadura属におけるトランスフォーメーションの条件検討を開始することにしました。

私が理研に入るとすぐに、cationomycinの実用化に向けて、理研と科研製薬(当時、科研化学)の共同研究がスタートしました。半期ごとに研究進捗報告会がありましたが、最初の会で、理研は「遺伝子操作によるcationomycinの生産性向上」を、科研製薬は「培養条件の最適化による生産性向上」を分担課題とすることが決まりました。半年後の報告会で、科研製薬から、さっそく培養条件の検討で生産性が4,5倍に上がったことが報告されました。私はこの半年間、Actinomaduraに遺伝子導入するためにプロトプラスト化の条件などを検討しましたが、悪戦苦闘の連続で発表できるようなデーターがありませんでした。共同研究とは言っても、どちらが先に10倍生産性を上げるかという競争研究でもあったので、とても焦りました。次の報告会までには、ようやくプロトプラストの再生条件を確立できましたが、Streptomyces用のベクターをActinomaduraに導入する実験はまったくうまくいかず絶望的でした。

別府研の一年後輩であった小林哲夫君(現・名古屋大教授)が隣の堀越研に入ってきたので、いろいろと相談にのってもらいました。小林君から「Actinomadura菌の宿主ベクター系を確立するには時間がかかるでしょう。高生産株を取得するなら、プロトプラスト融合の方が早いのではないですか?」というアドバイスをもらいました。プロトプラスト融合した結果により、放線菌の遺伝子組み換えが起きるという論文 3) を信じて、先ずはプロトプラスト融合に用いるための薬剤耐性マーカーを付けようとしましたが、それもうまくいかない日が続きました。苦し紛れに、プロトプラストから再生したコロニーをcationomycin含有プレートにレプリカして、自己耐性株を取得しました。それら耐性株を培養してcationomycinの生産性をチェックすると、運良く約10倍も生産性が向上した株を見出すことができたのです。遺伝子レベルで、そのメカニズムを説明することはできませんでしたが、プロトプラスト再生により自己耐性株を取得すると、高生産株が得られることは、その後の実験でも再確認できましたので、次の科研製薬との定期協議会で、そのデーターを発表することが楽しみでした。

しかし、私が10倍に生産性を上げたと発表した時には、科研製薬でも培養条件(特に培地)の検討で10倍以上も生産性を向上することに成功していました。プロの実力に脱帽でした。結局、プロトプラスト再生で得た高生産株を科研製薬の培養条件で培養することにより、cationomycinの大量生産の道が拓けて、その後の動物実験が可能になりました。鳥だけでなく豚に対する治療実験も行ったのですが、残念ながら、採算性、安全性の問題で実用化に至らなかったようです。

学会発表にも論文発表にもならなかった研究でしたが、企業と切磋琢磨しながら行った共同研究は楽しい思い出です。癌研究に興味があった私は、その後、米国癌研究所に留学し抗がん剤探索に集中しましたので、放線菌そのものが研究対象ではありませんでしたが、生理活性物質のスクリーニング源として放線菌とはずっと接してきました。

理研の磯野研に入って以来、遺伝子操作により抗生物質を自由自在に作りたいとの夢は持ち続けていましたが、自分自身では達成できませんでした。しかし、研究室を主宰する立場となって、若い研究者と夢を共有する形でようやくその願いが現実のものになりつつあります。私自身が、昔、抗がん剤のスクリーニングで見出したreveromycin A(Streptomyces reveromyceticus)の遺伝子クラスターのクローニングに成功し、reveromycin Aを大量に作らせたり、欲しい誘導体だけを生産させたりすることができるようになりました。「門前の小僧、習わぬ経を読む」ではありませんが、別府研で仲間たちが行っている研究を見ていたことが、今の研究に役立っているような気がします。

参考文献

  1. Nakamura G, Isono K. "A new species of Actinomadura producing a polyether antibiotic, cationomycin." J Antibiot. 36: 1468-1472 (1983).
  2. Nakamura G, Kobayashi K, Sakurai T, Isono K. "Cationomycin, a new polyether ionophore antibiotic produced by Actinomadura nov. sp." J Antibiot. 34: 1513-1514 (1981).
  3. Hopwood DA, Wright HM, Bibb MJ, Cohen SN. "Genetic recombination through protoplast fusion in Streptomyces." Nature 268:171-174 (1977).

(放線菌学会 Vol. 24, No. 2, 2010 12月)