天然に学ぶケミカルバイオロジー連載開始にあたって

今から三十数年前、大学2年生だった私は、大学生協の書籍売り場で「化学と生物」*を初めて目にした。当時、物理系の科学雑誌は多数出版されていたが、化学と生物学領域をカバーする雑誌は現代化学など少数しかなかったので、私にはとても印象的であった。

農芸化学会員になれば廉価で購読できるとのことだったので、私はすぐに農芸化学会に入会し、それ以来ずっと化学と生物誌を購読している。「石の上にも三年」とか、「門前の小僧、習わぬ経を読む」ということが言われるが、三十年以上も本誌に目を通していると(熟読していると書きたいのだが、現実は?)、化学と生物の広範な領域のことが学べたと思う。

1994年に、米国からChemistry & Biology (S.L. SchreiberとK.C. Nicolaouが編集長)が出版されたときに、日本農芸化学会の先見性が証明されたようで誇らしく感じた。ケミカルバイオロジーという言葉は、米国ハーバード大学では以前から使われていたようであるが、90年代後半にハーバードにDepartment of Chemistry & Chemical Biologyが設置されて、広く使われるようになった。

2006年に、米国化学会からACS Chemical Biologyが創刊されたが、その創刊号に私は、ケミカルバイオロジーの原点は、鈴木梅太郎のオリザニン研究と薮田貞次郎のジベレリン研究にあり、我が国でその流れは、脈々と受け継がれていることを著した。

化学と生物学の融合領域であるケミカルバイオロジーは、農芸化学の最も重要な柱の一つとして位置づけられても良いと思うのだが、なかなか日の目を見ることがなく、ようやく昨年の年次大会(名古屋)でセッション名に採択された。

今回、本誌に「天然に学ぶケミカルバイオロジー」が連載されることになり、大変嬉しく思う。まさに農芸化学らしく、植物、微生物、海洋生物が作る天然化合物を中心に、人工的化合物(ミメティクス)も含んだ、化合物と生物学の係わりが紹介される予定である。

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*当時、本会が刊行していた総説啓蒙誌「化学と生物」のことで、内容は現在のものと異なる。平成17年より、機関誌「日本農芸化学会誌」と旧「化学と生物」の両誌を統合し現在の本学会誌「化学と生物」となっている。

(化学と生物 平成21年2月号)